駆け出しライター、平昌五輪に殴り込む③ オリンピックって素晴らしい
2月8日。ミックスカーリングの予選第2試合。
時計は20時15分。試合開始時間よりおよそ10分遅れて会場に入った。
会場に入ると、とにかく明るいというのが第1印象だった。世界選手権の会場は行ったことがないのでわからないが、今までに僕が観戦した国内の大会でこんなに明るさを感じたことはなかった。天井の照明に照らされたシートの氷は白く輝き、その反射作用が会場全体を明るくしている。
会場はほぼ満員。9割近くの席が埋まっているように見える。カーリングの予選チケットは40,000ウォン(約4,000円)。これは開催競技の中でも相当に安い。まだ人気競技ではないからこその料金設定だが、高額チケットの競技を敬遠する人達が買っているのか、もう予選のチケットは余っていなかった。
観客の大部分は開催国の韓国人が占めている。それでも所々に外国人の観客を見つけることができた(さすがにキャリーケースを持っていたのは僕だけだったが)。僕の席からでも、カナダ、アメリカ、フィンランド、中国人の姿は確認できた。そのインターナショナルな客席を見ても、ここが特別な場所だと感じることができた。
これがオリンピックってやつか。
まばゆい光に照らされた会場。インターナショナルな客席。ここに辿り着くまでの疲れを忘れて、僕はいきなりその華やかさに浮かされた。
ここで、ミックスカーリングのルールをごく簡単に説明しておく。
・試合は8エンドまで
・お互いの石が1個ずつ配置された状態からスタートする
・エンドにつきデリバリーする石は計5個
・1人は1投目と5投目を、もう1人は2~4投目を受け持つ
・先攻の2投目までは石を打ち出すことはできない
最初に配置された石と先攻の2投目までの5個の石が残るので、ハウス内に石が溜まる試合展開になるのが特徴。それ以外は、あまり深く考えずに通常のカーリングよりデリバリーする石の個数やエンド数が少なく、コンパクトにまとまっていると思っていただければよいかと思う。
さて、初めて生で観るミックスカーリングだが、これがなかなかに楽しい。
ミックスカーリングでは、石をデリバリーする選手とハウス内でラインコールする選手の2人だけ。つまり、最初からスイーパーは存在しないので、どちらかがその役目を兼ねることになる。これが、チームによって様々なのが面白い。
例えば、カナダ対アメリカの試合。カナダは男女に関わらず、デリバリーした選手がそのままスイーパーを兼ねて、もう片方の選手がハウス内からラインコールをする。しかし、アメリカの場合、スイーパーは全面的に男子が担当。だから、女子がデリバリーすると男子がハウス内から出てきて、女子の指示に合わせてスイープ。最後のハウス付近は男子が自分で判断するという具合だった。
女子も男子も、スイープ力が武器の選手もいれば、的確なラインコールが武器の選手もいる。また、テイクショットを得意とする選手もいれば、ドローショットを得意とする選手もいる。
どちらがスイープするのか? どちらが1、5投目を担当し、2~4投目を担当するのか? その違いを発見するのも面白い。
そして、男女でお互いの強みを生かし、弱みをカバーしようと協力し合う姿がほほえましく映ってしまう。男子と女子がシートに共存する様子は、絵が華やかに感じるというか、穏やかなムードになるというか。男子や女子単体のチームのようなピリピリとした緊張感とはどこか違うのだ。失礼ながら、女子がデリバリーした石を、男子が必死にスイープする姿は、“女のために頑張っちゃう男”の象徴に見えて仕方がなかった。
得点が大きく動きやすい石の溜まる試合展開、男女混成特有の役割分担の妙と華やかさ。改めてカーリングという競技の奥深さを教えられた気がした。
フィンランド 6-7 スイス
韓国 7-8 中国
アメリカ 4-6 カナダ
僕がこの日観戦した4試合は、すべて最終エンドまでもつれる大接戦。特に韓国と中国の1戦は、エキストラエンドに突入する大熱戦だった。
「カンダ! カンダ! (行け! 行け! )」
第2エンド。韓国の男子イ・ギジョンがデリバリーした1投の軌跡を追いながら、隣の女の子2人組が声を挙げている。その1投は、中国の石をハウスからはじき出した。
冷めた言い方をすると、このショットはミスショットに近い。彼が狙ったのは、中国の石をはじき出し、なおかつ自分の石はハウス内に留め、できるだけガードストーンの後ろに隠すショットだったからだ。実際は、ガードストーンの後ろに隠すどころか、自分の石をハウス内に留めることもできなかった。このショットが意図したものでなかったことは、その後の彼の仕草や会場のスクリーンに映る表情を見ても明らかだった。
だけども、中国の石をはじきだした1投に、会場は歓声に包まれる。例にもれず隣の2人組も喜んでいた。そう、おそらくこの会場にいる大半の韓国人は、初めてカーリングの試合を見たに違いない。
でも、最初はこれでいいのだと思う。
ルールなんて知るのは後からでいい。知ろうと思えば、ネットに情報は転がっている。何試合かテレビで見て、解説の言葉に耳を傾ければ自ずとわかってくる。
投げられた石のゆくえにハラハラドキドキする。それはカーリングを観る楽しさの原点だ。隣にいた彼女達も、会場を埋め尽くした大観衆もそれを味わった。たとえ、それが初めて感じる五輪の高揚した雰囲気に助けられていたとしても。
SC軽井沢の両角兄弟は、長野オリンピックでカーリングの試合を観て、カーリングを始めた。もしかしたら、この観衆の中からもそんな人達が現れるかもしれない。そして、この試合を観た観衆の中からは、カーリングファンが現れるかもしれない。そう思うと、少し韓国がうらやましい気持ちになった。
初めてのオリンピック観戦を終えて。オリンピックはいい。ただ単純にそう思った。
オリンピックについては、ネガティブな側面があるのは確かだ。商業主義に傾き、開催国の負担は増加し、立候補都市は減少。ドーピング問題が影を落とし、国によっては政治的な思惑を持ち込む。そして、毎回のように開催都市の準備不足や不手際が話題に上る。今回も例外ではない。宿泊施設の問題があり、チケット問題があり、会場スタッフの拙さだって感じた。
憂う気持ちも理解はできる。思うところもある。だけども。だけども、いたずらにネガティブな側面ばかりがクローズアップされすぎるのもどうかと思う。たとえ、ネガティブな問題を挙げるとしても、今後もオリンピックの価値を下げずに継続して運営していくための建設的な香りを感じるようなものであって欲しい。
オリンピックは、言い換えれば世界の運動会だ。選手と役員を派遣する費用とサポートする労力は決して少なくはないのに、多くの国がオリンピックにやってくる。参加する選手たちは、この舞台に今まで培った努力を最大限に注ぎ込む。そして、運営する現場のスタッフたちは、この祭典が少しでも成功に終わるように懸命に頑張っている。そして、素晴らしいイベントだからこそ、安くはないチケットと移動費用を負担して多くの観客がやってくる。彼らは、他では味わえないオリンピックの雰囲気に酔いしれる。オリンピックの外の世界でどんな問題が起こっていようが、しばしの間それを忘れてこの瞬間を共有し楽しむことができる。
それは、平和の祭典という言葉そのものではないか。
国威発揚なんて目的がどれほどの価値を持つのかと思うぐらいに。
今回現場に行ったことで、僕はオリンピックの素晴らしさを改めて実感することができた。そして、またオリンピックの舞台に行きたい。少なくとも僕はそう思っている。