鈴木尚広引退 〜「イヤだな」と思わせてくれた稀代のスペシャリスト〜
どんなファンでも、出てくるだけで「イヤだな」と感じてしまう敵チームの選手がいる。
阪神ファンの僕が、軽く振り返って今思い浮かんだのは、
クライマックスシリーズ、チャンスで打席に入るホークスの内川聖一。
少し前だと、試合終盤にセットアッパーでマウンドに立つ巨人の山口鉄也とか。
むちゃくちゃ遡ると巨人の斎藤雅樹なんて、初回抑えられただけで今日もダメかーと思ったもんだ。
そして、
「代走、鈴木尚広」
彼もまた「イヤだな」と思わせてくれた1人だった。
終盤の勝負所で、彼が出てくると点が入りそうに思えてならなかった。
打席に入るわけでもなく、投げるわけでもない。ただ、走者が代わるだけ。
それなのに、こんなに存在感を感じる選手はそういなかった。
鈴木尚広が、今シーズン限りでの引退を発表した。
「イヤだな」と思わせられた選手でも、いざいなくなると思うと寂しい。自分勝手なものだ。
「人の将に死なんとする、其の言や善し」という言葉があるけれど、引退する選手の言葉もまた味わい深い。
「今まで楽しく野球をやったことはなかった」という宮本慎也の言葉は、楽しむことがクローズアップされていた中にあってインパクトがあった。
「未練たらたらです」と話した中山雅史の言葉からは、正直な胸の内が伝わってきた。
(中山雅史は「引退」という言葉を使わず、第一線を退くとしたので厳密には引退ではないのかもしれないが。現在はJFLのアルスクラロ沼津に選手として所属)
稀代の走塁のスペシャリストの言葉もまた味わい深かった。
「準備なくして結果はない」
「準備こそが僕の全てだった」
聞くところによれば、ルーティンを含めると試合開始7時間前から準備していたのだとか。試合展開次第では出番があるかどうかもわからない。その中で、一瞬の出番のために長い準備を費やす。改めて気付かされる。「イヤだな」という強烈な存在感は、決して普段映ることのないプロセスの部分が作り上げたものだということを。
図らずも、彼の現役最後のプレーは、クライマックスシリーズでのけん制アウト。そのことに関して聞かれた際、彼は最後にこうコメントした。
「野球の神様の『もっともっとこれから成長していくんだぞ』というメッセージが込められていたのかなと思います」
引退しても人生は続く。僕らはただ感傷的になるだけだけど、彼らにはセカンドキャリアとの戦いも待っている。
文字通り走り続けた「イヤだな」と思わせてくれた男にリスペクトの拍手を。
そして、彼の第2の人生に心ばかりのエールを。